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<ミャンマーで今何が?> Vol.1
2012.7.10

http://www.fis-net.co.jp/Myanmar

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━━【主な目次】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■駐ミャンマー米国新任大使“デレック・ミッチェル”とは?
・ミャンマー新任大使
・米国の対ミャンマー新政策
・対中政策への布石
・デレック・ミッチェルとは

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<駐ミャンマー米国新任大使“デレック・ミッチェル”とは?>

《 ミャンマー新任大使 》

英語版グーグルの“ニュース欄”ミャンマー項目でこの数週間を振り返ると、米国国務省(外務省に相当)における5月17日に行ったヒラリー国務長官とウンナ・マウン・ルイン外務大臣との共同記者会見の全文が幾つか掲載された。

“デレック・ミッチェル”、1964年生まれの47歳、が22年間も空席状態であった駐ミャンマーの米国大使に任命された。当然外交プロトコールは互恵平等に則るので、ミャンマー側も新任大使を発表した。NYに駐在する現ミャンマー国連大使がワシントン駐在のミャンマー大使として横滑りする。その大使の名前を聞いたときに一瞬ざわめいたのは元の軍事政権トップ・タンシュエ(Than Shwe)と非常に紛らわしいタンスエ(Than Swe)という名前のためである。ミャンマー人には同姓同名が非常に多いのと同時に、家族名がないために、パーティで紹介されても後で名刺を整理すると誰と誰が夫婦で、親子・兄弟姉妹関係がミステリーとなり、これがまたミャンマー学楽しみのひとつともなっている。

その共同記者会見でミャンマーの外務大臣と並び立ち、ヒラリー国務長官は「昨年12月にネイピードーで対面した外務大臣をここワシントンに迎えることができ非常に嬉しい」と語り、“I am very pleased to have you here, sir”と国務長官としてはめったに使用しない最大限の敬称サーという言葉を使用している。

さらに、「これは歴史的な訪米である」と持ち上げ、「両国でこれまで協力してきた結果、短期間にどれほど民主化を前進させることが出来たことか」と賞賛し、“I want salute President U Thein Sein for his leadership”とミャンマーのテインセイン大統領に対してもsaluteという最上級の敬意をもってそのリーダーシップを賞賛している。これまでミャンマー政府をくどいほどに「軍事政権。制服を脱いだ見せ掛けだけの市民政府」と非難してきた米国政府だけに、今回の共同記者会見における両国間の雰囲気は春の雪解けのようで、スーチーさんとの初対面を思わせるような思いやりに溢れた表現となっている。

ヒラリー国務長官は、「この席で私の特使として働いてくれた“デレック・ミッ チェル”を1990年以来空席のミャンマー新任大使として指名したい。同氏はミャ ンマーを含めたその地域では非常に著名で尊敬されている人物である。共和党・民主党の党派を超えて米国議会が早急に同氏の大使派遣を認証するようお願いしたい」と語り、そして再び外務大臣に向き直り、「大臣閣下!本日はここに同席いただいたことを感謝するだけでなく、今後も貴下と共同で仕事を進められることを楽しみにしています」と米国の国務省トップとしてミャンマーのカウンターパートナーに異例尽くめの丁寧な態度と好意的な表現で応対した。



《 米国の対ミャンマー新政策 》

記者団の同地区に対する中国脅威論と米国企業のミャンマー進出に関する質問に答えて、「歴史的にミャンマーに対しては関係の深い中国を含めて近隣諸国との
友好関係は今後ともに維持されることをミャンマーに対して望みたい」と表面的な外交辞令をヒラリー長官は述べているが、その行間に意図するメッセージでは「今後米国企業のミャンマー投資・パートナーシップなどの協定では、米国企業は“倫理規定”に沿った良識をわきまえた企業としての事業活動を望みたい」と、欧米が経済制裁を科した20年間という空白期間にミャンマーの一般の人たちの生活向上を無視した金儲け主義だけに走り、労賃の安さだけで作業員を不当にこき使ったりという明らかに品格のない中国商売を名指しているようなレトリックが言外に盛り込まれている。

ひと昔まえは日本とドイツが「アメリカが成功した戦後の民主化植え付けのモデルケース」としてもてはやされたが、オバマ政権およびヒラリー外交政策では、中国の台頭を人権問題だけでなく、新たに企業としての“倫理規定”(ethics)という言葉で押さえ込み、「ミャンマーを冷戦後の民主化成功のモデルケースに仕立て上げる政策」に切り替えた模様である。経済封じ込めというGHWブッシュ・ビルクリントン・GWブッシュ歴代米国大統領の対ミャンマー政策が明らかに失敗で、その間に中国の台頭を許してしまったとの反省の上に構築したのが、オバマ&ヒラリーの新外交理論で新政策である。その緻密な外交戦略の理論的バックボーンとなっているシナリオライターがこの“デレック・ミッチェル”ではないかというのが当シンクタンクの推測するところである。



《 対中政策への布石 》

倫理という言葉は古代ギリシャでも語られたが、本来は東洋土着の思想として育まれてきたものでもある。これまで弱肉強食の植民地主義で勝手放題に倫理を無視してきた欧米諸国の系統を汲むオバマ政権がやっとこの21世紀になってその東洋の倫理という重大な意義と真価を認識し、しかも文化大革命で偉大な歴史を断ち切られた中国に対してその武器を逆用することを思いついたものと思われる。これは“デレック・ミッチェル”の経歴を熟読すると見えてくるミャンマー作戦としか思えない。東洋の武器を取上げて、それを東洋の中国に使用するという賢明でしかも有効な方法である。

世の中にスキャンダルと称するものは浜の真砂ほどあり、米国はその中でも先進国で超一流国である。ウォーターゲート事件、ビルクリントンのモニカルインスキー事件、エンロン社事件、CIAが絡むもろもろの事件、そのほとんどがトップの座にある大統領、巨大企業の倫理欠如から発生している。ギャンブルまがいのデリバティブという商品メカニズムを野放しにした自由放任主義が世界経済を混乱させ、リーマンブラザーズが婆抜きの最悪のカードを引いたことになるが、米国最大ということは世界最大の金融街であるウォールストリートも、中央銀行も、国際金融機関も、監督行政官庁も誰一人責任を取っていない。その経緯は“INSIDE JOB”というドキュメンタリーで詳細に描かれている。経済を主体とする西欧文明の崩壊という激震地である米国のオバマ政権が今“ethics”という言葉で中国に対して封じ手を掛けはじめた。

それがテインセイン大統領による中国に対するミッゾン巨大ダムの中止宣言で、もうひとつはまだ最終的な決着はどう転ぶか見えないが隣国タイ主導のダウェイ・プロジェクトに対する昨今の動きである。今回次々に改革案を打ち出す大統領の9人の顧問団のひとりからこのプロジェクトに対する疑問が提示された。共に最大の受益者は中国であり隣国タイで、強制的に立ち退きを受けた大量の少数民族あるいはミャンマー市民への利益還元はゼロに近い状態で、近隣一帯の環境破壊が懸念され、環境問題活動家からも、そしてスーチー女史からも疑問が提示された。

改革派の大統領とはいえ、元軍事政権と蜜月時代を謳歌してきた中国に対して中止宣言などそう簡単にできるものであろうか?常識的には不可能なはずだ。そう簡単に昔の因縁を断ち切ることは無理だろう。だが、ひとつだけ秘策はある。“もし”もう一方のスーパー大国がシナリオを描き保障を与え、大統領がその主役を演じるのであれば納得がいく。元軍事政権が市民服に着替えることによって昔のスポンサーの中国から新しいスポンサーの米国に乗り換える。ミャンマー新政府がしたたかならば、オバマ政権もしたたかである。21世紀の経済戦略を真剣に模索した結果、米国は“ミャンマー”を対中国カードとするスーパーパワーゲームのギャンブルに踏み出したことになる。

もう一度おさらいしよう。バリ島へ向かう大統領専用機“エア・フォース・ワン”機上からオバマ大統領は極秘の電話会談を申し込んだ。スーチーさんがオバマ大統領に支援を求めたのではない。大統領が逆に用心深くスーチーさんに確約を求めたのである。「ミャンマーの民主化推進に米国が介入した場合、スーチーさんはゆるぎない態度で我々を最後まで支援してくれるね」と。このシナリオは新任の米国大使“デレック・ミッチェル”が構想を練り、ボスのヒラリー国務長官に提出し、最終的にオバマ大統領の承認を得たというのが、当シンクタンクの読みである。



《 デレック・ミッチェルとは 》

では、“デレック・ミッチェル”とは一体どのような人物なのか。

ミャンマーには政府が発行する唯一の日刊英字紙“The NEW LIGHT OF MYANMAR”がある。欧米のマスコミは“政府のマウスピース”と表現する。マウスピースとは管楽器の吸い口で代弁者という意味だが軽蔑の色合いが濃い。この新聞の記事を拾っていくと、海外の首脳・VIPなどのミャンマー訪問が取り上げられ、いつ・どこで・誰と会談したかが記述され、そのときの双方の出席者が詳細に記載されている。しかし、何について話されたかはほとんど触れていない。欧米のマスコミは記載されたことのみを伝えるが、この新聞の醍醐味は行間を読み取るという大作業にある。大事なことはすべて行間に書いてある。あるいはこの新聞をジャーナリストのテキストに使用すれば、行間を読み取る能力が抜群に向上するはずだ。

米国はスーパーパワーと称されるだけあって人材の層が飛びぬけて厚い。これまでにもジョン・マケインのみならず、上院議員・下院議員、アジア外交問題の専門家、人権問題を取り扱う学者など、ヒラリー国務長官の訪問以前から、すなわちヒラリー旋風を巻き起こす以前からミャンマーに出入りした要人の数は他国をはるかに圧倒している。だが、その中である時点から“デレック・ミッチェル”の名前が散見されるようになった。オバマ大統領がミャンマー特使として、ヒラリー長官の配下に任命した。しかも待遇は最初から“大使クラス”となっている。大半のミャンマー訪問者は常識の範囲内での面会で、しかも1回限りの面談で終わっている。しかし、“デレック・ミッチェル”は驚くほど多岐にわたる面談者をこなし。旧軍事政権のトップから中堅まで、そして新政権もトップから中堅まで、しかも、新政権内の保守派と改革派の勢力地図を見極めるようなアポイントを繰り返す。同じ省庁内でも大臣と副大臣とは別々に会見するという慎重な外交作戦、しかも同じキーパーソンに何度も繰り返して会っている。ミャンマーは民族の宝庫で公式には135の民族から成り立っているといわれている。もともとの7州・7管区の行政管区とはそれ以外の主だった民族カチン・カレン・チン・シャン・カヤー・ラカイン・モンに対して7州が配分されたものである。反体制はNLDに限らず、これら7州の代表がミャンマー政治をさらに複雑にしている。“デレック・ミッチェル”の凄さはこれら各州の代表との会談も精力的にこなしている。

繰り返すが一回だけの会談ではない。もちろんスーチー女史との会談は、電話会談を含めて相当の頻度と見られている。例えば、東アジアの外務大臣(本当は日本のと明記したいところである)が一回の訪問でミャンマーの主だったVIPを数人・数団体こなせば御の字のところを、同氏は訪問のたびごとに20人以上に上るVIPに個別に面談している。日露戦争中に諜報活動に従事しあのレーニンを口説き落とした明石元二郎を思わせるような八面六臂であり、キッシンジャーを遥かに凌ぐ隠密外交である。しかも、彼は大統領・スーチーさんはもちろん、ミャンマー各界を代表する主だったとこにすでに彼個人の人脈を築き上げている。であるから、ヒラリー国務長官との共同記者会見でウンナ・マウン・ルイン外務大臣が、“デレック・ミッチェル”氏はミャンマー国内では大統領以下大勢の人たちによく知られた人物であるとコメントしている。

“デレック・ミッチェル”はかなり以前、米国上院の外交委員会聴聞会でミャンマーのスーチー女史に関する約20分間のプレゼンテーションを行っているが、その下準備のためにスーチーさんと直接面談し、スーチーさんと“デレック・ミッチェル”の信頼関係はその時点で確立されたと見るのが普通だ。話を戻すと同氏は大学・大学院を通じてロシア・中国・台湾を研究し、米国国務省内および国防総省内でも続けてロシア・中国を含む広範囲にわたるアジア全域を研究し、米国の外交政策に重要な役割を果たし世界的に最も影響力のあるとされる“フォーリン・アフェアーズ誌”に何度かロシア、中国、台湾、ビルマに関するそれぞれの外交政策論文を寄稿しており、それぞれの国の外交事情に通暁し、アジア全域をバランスをとりながら見つめる目を持っている。その一つに“Asia’s  Forgotten Crisis: A New Approach to Burma”(2007年)という論文がある。

もしこの国での事業展開を企画するのであれば、デレック・ミッチェルのこの論文に目を通しておけば、米国主導で進むと思われる今後のミャンマーの未来が見えてくるのではと当シンクタンクは推測している。かと言ってまだこの資料は入手していない。

繰り返すが、ヒラリー長官とスーチー女史の初対面を企画し、ヒラリー旋風を巻き起こした張本人はこの男を除いて考えられない。改革派のテインセイン大統領に信を置かずに頑迷に強硬派を貫こうとする旧政権のトップに対して、「携帯が普及したとはいえ、ミャンマーに “アラブの春”は似つかわしくない。その風土独自の秘訣を探してみないか」と臭いボールを投げられるのはこの男しかいない。テキサスヒットを狙っているのである。それが米国という超スーパーパワー大国の中国をにらんでの21世紀のシナリオになるということを十分すぎるほど認識して。派手な立ち居振る舞いのヒラリー国務長官の後ろで何も語らず謎の隠密行動を続けてきたこの男のドキュメンタリーはこの辺で筆を置こう。

EUの経済制裁解除は一年間の制裁中断という時限立法で、米国も表面的にはそれに同調しているようだが、実際はこれまでに述べたように全く独自の21世紀の戦略で動いている。もちろん日本のように気前良くこれまでの莫大な借金を棒引きにするという太っ腹ではなく、かなりしたたかである。

このようにミャンマーを読み解くためには行間を読み取る技術が特に必要とされ有効で、その取っ掛かりとしてミャンマー外務大臣とヒラリー国務長官共同記者会に関する先日の外信電記事をお勧めする次第である。



《 余談 》

先日結婚したフェースブックの創設者、マーク・ズッカーバーグの新婦が中国系で、台湾最大の英字チャイナポスト紙で編集者をやっていたデレック・ミッチェルも当時知り合った台湾人のTVジャーナリストと2006年に結婚している。世界の最先端を歩む二人の西洋人が東洋の女性と結ばれる。英国初のノーベル文学賞受賞者、ルドヤード・キップリングは「東は東、西は西、この双子の両者は永久に相まみえることなし」と詠っているが、21世紀は相まみえる時代に変化したと読めないだろうか。英語では“Nothing is Permanent”と表現するが、日本では“諸行無常”そして“盛者必衰”と続く。仏陀の言葉である。



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