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<ミャンマーで今、何が?> Vol.125
2014.12.17

http://www.fis-net.co.jp/Myanmar

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■海のジプシーたち

 ・01:メイク島嶼の海洋民族たち

 ・02:ここで一息

 ・03:偉大な海洋民族

 ・04:宗教なんかクソ食らえ

 ・05:2004年の“サローン祭り”

 ・06:海の向こうに消えていくジプシーたち

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01:メイク島嶼の海洋民族たち

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ミャンマーの最南端の町はタニンタイ地区のコウタウン(Kawthaung・旧名:ビクトリア・ポイント)で、その向かいにタイ側のラノン(Ranong)がある。これらは国境の町で、その沖合いの島々を転々と船上生活を続ける海のジプシーたちがいる。

英国人は海のジプシー(Sea Gypsies)と名付けたが、フランスの民俗学者は海の放浪者(Nomad Marins)と呼ぶ。

ビルマ語ではサローン族(Salone)と呼ばれ、ミャンマー政府も公式にこの名前を135に上るエスニック(少数民族)の一つとして認めている。ミャンマーのサローン族が生活圏とするのは大小800の島々が散在するタニンタイ地区・メイク島嶼(Myeik Archipelago)沖合いの海上である。海の荒れるモンスーン雨季だけ、それらの島々の風下(島の南西側)にへばりつくように、木材・竹・籐・ニッパ椰子などで立てた高床式掘っ立て小屋に居住する。だが、農耕・牧畜などで定住することは決してない。

あくまでも家族単位の船上生活で、海上を移動して生活する海のジプシーである。素潜りで水深20mまで達し、しかも長い時間潜っていられる。水中での視力は抜群で、その身体能力は超人的である。前に書いたダンマゼディの鐘の探索にも、このサローン族が素潜りで活躍した。海岸線に到着すると、波打ち際で食料となる海藻類や小動物を採集する、本来の意味でのビーチコーマー(Beachcomber)である。

話は少しややこしくなるが、この海洋民族は隣国のタイ語ではモーコン族(Moken)と呼ばれ、ラノンからマレー半島西岸を南に下った、海浜観光地として有名なプーケット島沖合いでも海上生活を続けている。だが、その生活圏は広く、ボルネオ・スマトラ・スラウェシ・スル海を含むマレーシアおよびインドネシア沖合を本拠地としている。言語学的にはオーストロネシア語族に属している。

だから、彼らがモーコン族なのかサローン族なのか、英国の船乗りもよく分からず、東欧やスペインの旧大陸をさまようロム(ロマ)族をイメージしながら、海のジプシーと呼称したようだ。



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02:ここで一息

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今夜は、朝市で手に入る新鮮なライムをたっぷりとドライジンに絞って自家製ギムレットでも舐めながらロマンの世界に遊んでみたい。BGとしては、咽び泣くようなツィゴイネルワイゼンが最高だ。蛇足だが、ツィゴイネルとはドイツ語でジプシーを指す。どこからか潮騒の音が聞こえてきませんか。

もうひとつ蛇足を加えると、英国の船乗りは海に出ると壊血病で悩んだ。長期航海だとほとんどが歯茎から血を出した。ビタミンCをたっぷりと含んだライム果実は壊血病予防に最適と発見されると、外洋船はこれをどっさりと積み込んで航海に出ていった。だから、他国の船乗りは“ライミー”と呼んでイギリス人を馬鹿にしたとモノの本に書いてあった。当時ロンドンでは、下層階級はジンを愛飲した。当然、船倉の樽には安いジンがたっぷりと積み込まれていた。船員たちは、風がない無風状態に迷い込むと、この安いジンにたっぷりとライムを絞って、もう一杯、もう一杯と、壊血病予防に精を出した。風が頼りの帆船時代の話である。



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03:偉大な海洋民族

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これら海洋民族の偉大さは、パスポートもIDカードも、そして銭も所有せず、堂々とタイやミャンマーの領土に上陸し、海浜で採取した魚介類や真珠などを生活必需品と交換し、再び堂々と海上へ戻っていくことだ。どういう訳かタイやミャンマーの移民官、税関、そして警察官、コーストガードまでもが、手を出せず目をつぶっているとのウワサだ。ロヒンジャーとは正反対で、どこかの国家に所属したいとの意欲はこれっぽちもなく、むしろ国家に束縛されることを嫌う、生まれつきのコスモポリタンで、バガボンドである。‘

学術的にモーコン族を追っかけると、フィリピンからインドネシアを経由してミャンマーまでの海上生活者ということになるらしい。が言語学的には、東はイースター島、西はマダガスカル島、北は台湾から、南はニュージーランドにまでその共通性は広がる。

そこで“海は広いな、大きいな”の日本人的解釈をあてはめるとこれら海洋民族の生活圏はとてつもなく広大だ。六無斎(ワタシが密かに私淑する寛政の林子平先生)の講釈によれば、隅田川の水はテムズ川に通ずで(正確には「江戸の日本橋より唐、オランダまで境なしの水路なり」らしいが)、これらの海洋民族から学べば、この地球プラネット上に国境なしという遠大な哲学に近づいていけるような気がする。国連安全保障理事会などクソ食らえという哲学である。できることなら、習近平とか安倍晋三という偉そうな先生がたに、ちっぽけな陣取り合戦ではなく、21世紀の指導者なら、もっと大きな肝っ玉で、モーコン族やサロン族が納得できる自然環境をつくれと、警鐘を鳴らしてほしいものである。

おっといけない。話が横道に逸れた。



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04:宗教なんかクソ食らえ

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これら海洋民族の素晴らしさは他にもある。

これまで海から押寄せてきたヒンドゥー教も、キリスト教も、イスラム教も、そして仏教までもが、彼らを改宗させようと努力した痕跡がある。だが、どれひとつとして成功しなかったようだ。既成の宗教団体に折伏されなかったところが偉い、そして素晴らしい。

宗教のみならず、陸の人間と文化的にも、言語的にも、そして社会的にも、経済的にも交じり合うことを頑なに拒否する伝統が価値観となっているようだ。宗教はすべてオカルトであることを見抜いているのかもしれない。彼らは自然の営みの偉大さを畏怖してアニミズムのみを信仰する。そして多くの神々との間にシャーマンが介在する。

アニミズムとは英国の文化人類学者が原始宗教を一括した言葉のようだが、これは一神教の狭量な定義に通ずる。地元に根付いた生活圏ごとに、太陽を崇めるもよし、夜空を運行する月や星に神秘さを感じるもよし、同じムーンでも満月を尊しとするもよし、三日月を崇めるもよし、もちろん新月でも構わない。アニミズムこそ、山にも川にも海にも神聖を感ずる、感性の豊かさがあるような気がする。

海のジプシーに近づく陸上の人たちとは容易に混じり合おうとはしない。常に距離を保とうとする。貨幣経済にはまったく馴染まない。先天的に陸上の人間との争いごとを避ける英知なのかもしれない。その証拠に自分たちを護る海軍も持たず、反政府軍もいない。そして魚を捕らえる銛を除いて武器を手にしない。生まれながらの平和主義者なのかもしれない。

彼らにアプローチを図った船乗り、スキューバダイバー、ジャーナリスト、人類学者、宣教師、観光業者、カメラマン、冒険野郎は幾らもいた。そのほとんどが西からやってきた欧米人だった。アラブの船乗りもいただろう。だが、距離間隔が近すぎると、相手に悟られずに、彼らは突然、真夜中にでも船出してしまう。一家が住む船には生活必需品一式が積み込まれている。といっても本当に最低限の質素な所帯道具である。

昨夜は彼らに少しばかり溶け込めたと、ほろ酔い気分で翌朝目覚めると、そこには何ひとつ残されていない。欧米人が昨夜飲んだコーラのビンやビール缶が醜く波打ち際に残されているだけだ。悪魔は常に海からやってきたと彼らは伝承として知っている。その引き際の見事さは、神がかりと言ってよいほどだ。現代人と付き合うと、自分たちの文化が穢れることを心霊的に知っているのだろう。現代人で彼らの心魂を理解できたのはポール・ゴーガンだけかも知れない。



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05:2004年の“サローン祭り”

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ミャンマーのコウタウンあるいはタイのラノンからボートを飛ばすこと約5時間、鬱蒼とした熱帯雨林に覆われたボーチョー島(Bocho Island)のマチョンガレ村(Ma Kyone Galet)に到着する。その前庭は目に染みるほどの白砂が続く。ここは何十人かの海のジプシーが一時的に集落を作るオアシスである。ハリウッドの映画でしかお目にかかれない、現代人に汚されていない息をのむような美しいビーチである。この小さな村に外国人が宿泊する施設、レストラン、トイレ、医療施設などが急造で建設された。軍事政権の肝いりで“サローン祭り”がこの村で催されるのだ。観光局はこのパラダイスを欧米人のスキューバダイバーたちに開放することで莫大な外貨収入を見込んだのである。イベントは2004年2月14-17日の4日間だけ開催された。当時のキンニュン首相が一ヶ月前に視察に来た。

タイのプーケットはご承知の通り欧米人のパラダイスである。世界中のリッチマンが集まる海浜リゾートだ。高額の割増料金を払えば、メイク島嶼という未開の処女地にスキューバダイビング・ボートを特別に仕立てるという。この地球上で最後の楽園というわけだ。旅行会社はミャンマー海軍と話をつけるノウハウをもっている。そして数日間のスキューバダイビング航海を特別に許可してもらう。高額の臨時収入に海軍は海賊対応のスピードボートと保安要員まで提供してくれる。どうも、この辺りが“サローン祭り”企画の発端らしい。

モーコンの人々は伝統的に揺り篭から墓場までちっぽけな木の船で生活する。熱帯雨林のジャングルから伐り出した木から独特の造船技術で舟を作る。そして雨季が終われば海上に戻っていく。だが、今回のイベントでは、海軍が出動して、サローン族を捕まえてはこの島に集めた。風変わりな海洋生活者の“人間動物園”を作ったと欧米のマスコミは揶揄した。だが、束縛を嫌う彼らはタイ側に脱走し、タイ政府は彼らを再びミャンマー側の水域に戻したと欧米のマスコミは伝えた。



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06:海の向こうに消えていくジプシーたち

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ミャンマー政府もタイ政府も何度か、彼らの島あるいは陸上での定住を試みた。子供たちへの教育プログラムも作成した。だが、体質的に馴染まないのだ。現代人が一歩踏み込むと、彼らはオールを一漕ぎ、二漕ぎと遠ざかっていく。

現代人の顔をした悪魔と取引した一部のサローン族は、ダイナマイトによる漁法を学んだ。そして麻薬を吸うことも憶えた。プロスティチュートになった女の子もいる。サローン族の人口が減っているという。だが、人口統計などない。

日本中東学会で、五木寛之が「漂泊者の思想」と題して口演をおこなっている。非常に示唆に富んだ内容である。新潮社から発行された「日本幻論」に納められているので、是非お勧めしたい。



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