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<ミャンマーで今、何が?> Vol.312
2019.6.19

http://www.fis-net.co.jp/Myanmar

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━━【主な目次】━━━━━━━━━━━

■過去の人、タンシュエ物語

 ・01:ヤンゴンの雨季は快調、されど波高し

 ・02:停電の臨時ニュース(発信が遅れOldsになった)

 ・03:あるVIPの葬儀

 ・04:あるVIPの葬儀(追加情報)

 ・05:幽霊船を見たことがありますか?

 ・公式ツイッター(@magmyanmar1)

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・01:ヤンゴンの雨季は快調、されど波高し

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このメルマガは、ネタを拾っては原稿を書き溜めている。
ネタが多いこと、急激な変化、新事実の出現、またしても状況の急変、都度原稿を書き改める。それに輪をかけて停電の頻発、さらにはPCが調子だ。ついにはWiFiが作動しなくなった。

泣きっ面に蜂である。
気を取り直して、昔、通ったネットカフェへ行ってみた。
PCは旧形式でウィンドウも旧バージョンだ。
手こずったが、原稿を何とかプロバイダーに発信できた。

帰宅すると、PCの修理屋が来てくれ、不具合を一瞬にして直してくれた。
ネットカフェでの原稿をもう一度チェックした。どうも気に食わない。
今、こうやって再度原稿修正に取り組んでいる。

Vol.312修正版は6月19日(水)の発信となる。

本日はスーチー74歳の誕生日でもある。



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・02:停電の臨時ニュース(発信が遅れOldsになった)

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6月13日(木)のMT紙によれば、YESC(ヤンゴン電気供給公社)はこれまで2時間だった停電を6時間に強化すると発表し、この措置は即日実施され6月20日まで続行されるとなっている。そして零細、中小事業者の不平不満がヤンゴン地方政府に集中している。

ミャンマー中央政府、地方政府、さまざまなレベルで、外国政府、駐緬大公使館、国連組織、NGO団体、ビジネス事業体が自国モデルあるいは自己マニュアルの提言を持ち込み、ファイナンスをつけてその採用をミャンマーに迫る。
ほぼイノセントなミャンマーは、所定の手続きを経て、それらを承認していく。
それが、今のインフラ事業の現状である。

先日突然の雷雨で、ファミレス喫茶店で雨宿りした。2時間ほどで小降りになり外へ出た。辺り一面ベニス状態で、大洪水だった。下街もコンクリ舗装で逆に水捌けが悪くなった。下水管は泥土とゴミが詰まり、ほとんど用をなさない。破傷風を怖れ、小高い上り坂を2丁ほど大回りして帰宅した。下水の掘り返しは毎年繰り返され、核心の解決策は施行されていない。

同様に外国支援の土木事業はミャンマー全土で目白押しだ。
パワーポイントの講習会で、ミャンマーのウブなお役人はコロリと納得する。
こうしてミャンマーの電力需要は増大し、加速される。
地球最後の経済フロンティアで、重機が稼動し、ブルドーザーが唸り声をあげる。

話はまたまた飛躍する。
毎週金曜日のMT紙は週刊で一部1000チャット。月曜日から木曜日は日刊と称して一部500チャット。そして土日は休刊日である。

その金曜日版をMT社の編集部から、インタビュー出席の謝礼と寄贈された。ミャンマー人は義理堅い。お礼のメッセージを担当責任者に送った。
MT社の若い世代と弊研究所のパイプが繋がった。弊研究所の密かなインフラ陰謀である。


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・03:あるVIPの葬儀

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16日(日)ビルマ語地方紙にニュースが流れた。ビルマ語はチンプンカンプンである。
学生に翻訳してもらった。
引退した63歳の将軍が亡くなった。死因も病院名も書いてない。
だが、写真に写ったお棺の様子からして、首都ネイピードに設けられたVIP専用の火葬場のようである。

お棺を覗き込んでいるのが、なんと元独裁者のタンシュエである。体も小さく、めっきり老け込んだ。
ひょろりと背が高く成長したタンシュエの孫が支えるように付き添っている。
敷き詰めた絨毯に、多くの縁者、僧侶などが遠巻きに座っている。

亡くなったのは、タンシュエの長女の夫、タンシュエにとっては義理の息子である。
付き添う孫の実父である。

学生の説明で他の新聞も見てみた。
ビルマ語で手書きした手紙が写真に写っている。
スーチーがタンシュエに急ぎ手書きして届けた手紙だと言う。

宛先はUncleタンシュエ殿、最後の署名はスーチーで、すべて手書きである。

このビルマでは、年長の男性には“アンクル”、女性には“アンティ”が、親しみを籠めた敬称だ。そう呼びかけられて、“オマエの叔父”などじゃないと憤った日本人を見たことがある。だがここミャンマーでは、この“アンクル”は男性に対する最愛の尊敬語である。この辺りから、英語音痴の日本人と現地の人たちに、不協和音が流れる。

日本のビルマ占領時代に同じような過ちを犯した。それが日本の敗戦に繋がった。
同じ過ちを犯さないことを、進出ラッシュの日系企業に、祈りたい。

今はバックパックで気楽に海外へ飛び出す時代だ。
だが、歴史を知らぬと亀裂のわずかな始まりが見えない。
明石元二郎、鈴木敬司ほど徹底的とは言わない。だが今の時代、情報量は飛躍的に多いはずだ。
その労を厭わなければ、海外での体験はさらに実り多くなる。

スーチーの手紙の話だった。
「義理のご子息テインナイン将軍を亡くされたタンシュエ・アンクル、そしてご家族の心痛はどれほどかと案じております。皆様方の悲しみを、共に嘆かせてください。くれぐれもアンクル、そしてご家族のご健勝をお祈りいたします。
署名アウンサンスーチー」

権力を掌握した今、言いたいことがスーチーには山ほどある筈だ。
賢明にも、黙して語らない。
墓場まで持っていくつもりかもしれない。

スーチーはチャーチルにも負けない老練な政治家に変身した、と読んだ。
多忙を極める外務大臣および国家相談役の通常業務はこなし、その上で、スーチーが足を運ぶのは子供たちの教育現場だ。ネイピード、ヤンゴンだけではない。辺境の学校にも。

国家の舵取りは紆余曲折しながら、民主化へ針路を定めた。
人生の黄昏にスーチーが心血を注ぐのは次世代の教育である。
援助を申し入れる外国政府、NGO団体、フィランソロピストが、寄って来る。
何が本当にミャンマーの子供に必要なのか? スーチーは必死で、真剣である。

アウンサン将軍を暗殺した黒幕は、元ビルマ首相のウ・ソーである。
チャーチル黒幕説もあるが、ウ・ソーは悪名高きインセイン刑務所で、慌しく裁判を結審し、首吊りの処刑で幕を閉じた。

ウ・ソーの娘か、孫娘だったか記憶は定かではない。その結婚式にスーチーは、ミャンマーで高貴な花とされる白いユリの花束を贈った。

タンシュエは、凶暴な囚人たちに酒とドラッグを与え、あのビッチ(淫らな女)を殺せと、野放しにした。スーチーがミャンマー全土を地方遊説したときのことである。
田舎道で夕闇迫る頃、スーチーの車列は大勢の暴徒に取り囲まれ、車のガラスは割られ、大勢の死傷者が出た。それでも、スーチーは暴力を用いるなと、仲間たちに厳命した。

若い学生ドライバーの必死の機転で、スーチーは奇跡的に脱出することが出来た。

スーチーの政党が今回の総選挙で雪崩現象の大勝利を獲得した。
直後にテインセイン大統領、ミンアウンライン陸海空三軍最高司令官と、個別の極秘会談を持った。権力の完全移管と2008年憲法の改正を、当然要求した。

この二人は憲法上の最高権力者だ。煮え切らない態度に、スーチーは悟った。

スーチーは即座にチャネルを切り替えた。
憲法上の最高権力者から完全引退したタンシュエに狙いを定めた。
この会談はスーチーとタンシュエ、それにこの写真のタンシュエの孫、たった三人だけの秘密会談がセットされた。

秘密会談終了後の夕方、この孫がトゥイッターしている。それがウワサのネットワークとしてミャンマー全土を駆け巡った。

「アンティ・スーへ、本日の会談を認めていただき、本当に感謝しています」という短い内容だったと記憶する。肝心なことは何も書いてない。だが、“アンティ”と呼びかけた彼の誠意は行間に溢れている。それがこの若者の重要な役目である。

タンシュエには頭にこびりついた恐怖のビデオがある。
1989年12月25日非公開の軍事法廷で死刑判決を受け、直ちに裏庭で死刑執行が行われた。
チャウシェスク大統領と第一副首相であったエレナ夫人は集中する銃弾に身を捩るように崩れ落ちた。どんよりした空模様の雪景色が寒々とした銃殺刑の現場である。

タンシュエが独裁者に伸し上がる原点は、情報将校としてソビエト連邦軍部との深い関係がある。ほとんど見逃されているエピソードだ。だから、タンシュエはルーマニアの現代史も充分に熟知していた筈だ。

タンシュエ・スーチーの会談を分析をすると、(1)引退後も大統領や三軍最高司令官に対して隠然たる影響力を持つタンシュエがスーチーの国政担当を正式に認め、それを公表する。(2)権力をスーチーが掌握した後、タンシュエの軍事政権時代の悪行が問題となるが、それをいっさい訴追しないとスーチーが約束する。この2点に絞られる。

スーチーの凄さは、インドのマハトマ・ガンジーから非暴力運動を学び、それを究極まで発展させ相手を許すという敵討ちの輪廻を断ち切ったことにある。新渡戸稲造は「武士道」で敵討ちを絶賛したが、スーチーはその究極を求道し、それを超越した。
人類の戦争の歴史は、報復の繰り返しに満ちている。それをスーチーは自分の哲学にまで昇華させた。その意味でスーチーはガンジーと新渡戸を遥かに超越したと当研究所は判断した。

この複雑なミャンマー事情は、日本のコンビニ式簡便法の歴史認識では到底読み取れない。
スーチーが日本の外務大臣(*現職ではない)に、ミャンマーは複雑なんですと質したが、外務大臣の話は、ミャンマーの外資導入、経済発展に終始したという。

イラン問題も含め、背筋が寒くなるエピソードである。

念のため、このVIPの葬儀を英字紙で確認してみた。
翌日もこのニュースは取り上げられていない。
この葬儀はひっそりと営まれたことになる。
時代は大きく、確実に変わりつつある。



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・04:あるVIPの葬儀(追加情報)

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原稿発信の書き換えに手こずっていた。
だが禍転じてそれがラッキーとなった。
18日(火)の日刊版MT紙に、葬儀模様が発表された。

タンシュエのその後が詳述されている。急遽原稿入れ替えて、お届けしたい。

「前独裁者、葬儀と一枚の手紙」がタイトルとなっている。

写真は葬儀場の特別室なのだろう。参列者が全員立ち上がって前方を向いている。
そこにゆったりとした肘掛け椅子が2脚だけ置いてある。
画面左にタンシュエ、右が夫人のドー・チャインチャインが腰掛け、その横に孫のネイシュエトゥエイアウン(NSTAに省略)が立っている。
二人の前には補佐官か将軍のひとりが跪き、背筋を伸ばしタンシュエに説明している。

肝心のタンシュエだが、耄碌とまでは言わずとも、完全に老け切った顔で、老人の丸い姿勢である。86歳だという。キャプションが無ければ、どこにでもいるミャンマーの老人だ。夫人もそれなりに老け込んだ。

ここからが再び本文となる。
「しばしば死去の報がウワサのネタになっている元上級将軍のタンシュエが義理の息子の葬儀に出席した」

* この書き方自体が、独裁者の権力離脱を物語る証拠である。権力の一片でもタンシュエに残されているのなら、MT紙は記事削除か発行停止の処分を喰った筈だ。
同MT紙上では、タンシュエは軍部に対し未だもって影響力を持っていると信じられている、と記述している。この記事は明白にタンシュエ王国の終焉を暗示している。


* もう一つ今になって推測すると、2015年12月4日に、タンシュエとスーチーの会談が?マークとなる。この設定にはタンシュエの孫が重要な役割を果たした。スーチーからの接近と見ていたが、タンシュエはさすがに老獪だ。体力の衰えを知り、家族の行く末を案じた。即座に孫を走らせた。それをスーチーが利用したと、今気付いた。


* タンシュエは獰猛なブルドック顔で、知性は無いように受け取られる。とんでもない。出身は情報将校で、しかも隠密作戦の陰謀家である。だから、ネウィンの目が白濁すると、子飼いのキンニュンを危険視し、逮捕処分した。それだからこそ、タンシュエはスーチーとの極秘会談を孫に設定させた。あれから4年経つ。タンシュエが4年の時間を読んで練った策略である。見事なモノだ。稀有の策士である。


MT紙の記事に戻る;
「引退後10年経ち、初めて今月15日に、公衆の面前に姿を現した。
ミャンマーを1992年から2011年まで軍事独裁政権のトップとして支配し、2010年の総選挙で軍が支配するUSDP政党に政権を渡して以来、公には顔を見せていなかった」

「彼の最後の公式写真は2010年の総選挙のときである。
何年もの間、個人的なニュースと写真はソーシャルメディア上で、その大半はネイピードの自宅で撮影されたものである。

日付未定の一枚の写真は、自宅で若い孫とタンシュエがiPadを覗き込む写真である。
2011年から2016年のテインセイン全政権を通じて、タンシュエのニュースと写真はまったく流れなかった。これが2015年の総選挙でNLDが勝利を得たあとの変化に影響している。

選挙後、勝利を飾ったNLD党首スーチーとタンシュエは2015年12月4日に会談を行った。だが、この歴史的な会談の写真は残されていない。

香港の通信社が流したのは、2016年8月タンシュエの自宅で、中国中央委員会の国際部長Song Taoと会談した一枚の写真である。

同年11月に、タンシュエはネイピードでKNU(カレン民族連盟)議長のSaw Mitu Say Poe将軍および一行と会見している。

タンシュエと退役将校との写真が2016年陸軍デーの祝典に撮影され発行された。

タンシュエは正装の軍服で写真を撮ったが、退役後は、長袖のシャツに伝統のミャンマーPasoeで写真に写っている。

Pa-o民族機関(PNO)のリーダーAung Kham Htiは2018年11月にタンシュエと会見したといわれている。
これらの会見はすべてネイピードのタンシュエの自宅で行われ、公には姿を見せていない。

しかし土曜日にはタンシュエは義理の息子テインナイン退役准将の葬儀にネイピードのGwae Gyi墓地に姿を現した。テインナイン准将はタンシュエの娘Khin Pyone Shweの夫である。

86歳のタンシュエの妻Kyaing Kyaingも葬儀に出席した。この夫妻は老化による病弱で、歩行には家族か友人の支えを要するように見受けられた。

副上級将軍Soe Winおよび防衛大臣Sein Win中将も葬儀に出席した。しかし、国防最高司令官ミンアウンラインはシャン州における公務のため欠席した。

マウンエイ副上級将軍およびミンアウンラインを含む、上級将校および政府高官は、政府系新聞紙上の死亡告示蘭に弔意を示した」

しかし、スーチーの手書き弔意文が町のウワサとなっている。
タンシュエの孫(NSTA)はソーシャルメディアにその手紙を掲載した。

「その中で、スーチーは失意の家族に哀悼の意を表し、タンシュエは政権時代にスーチーを何年間も監禁状態に閉じ込めておいたにも拘わらず、タンシュエには“尊称のアンクル”という言葉で呼びかけた。そしてタンシュエと家族が健勝であるようにと祈り、“敬意”を表して手紙に署名してある」

一部では彼女の寛容の態度を評価し、一部では“敬意”という言葉を使用したとしてスーチーを批難している。

なお、このスーチーの手紙に関しては写真つきで、別の記事が掲載された。
記事のタイトルは:「タンシュエへの弔文レターは和解へ向けての一歩(NLDの発表)」

スーチーの手紙は金曜日に届けられた。
これはスーチーの儀礼的な心遣いで、スーチーは恨みも、報復をしようとも思っていないことを表明した。政党NLDとしては、これを歓迎する。
目下最大の急務は国内の和解である、とNLD広報部が発表した。

タンシュエの孫NSTAが手紙の写真をフェースブックに掲載し、これが一般の注目を引くようになった。*ここでも孫のNSTAは重要な役目を担っている。タンシュエ家の保全をスーチーが保障した黄金の手形が、このスーチー手書きの手紙である。



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・05:幽霊船を見たことがありますか?

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歴史は繰り返す。
タンシュエの得意技は“死んだフリ”であった。
そして部下たちの忠誠心を試す。

それを怖れる部下は、金縛りにあい、身動きがとれなくなる。
実際に権力を喪ったにも拘わらず、世の中は亡霊に動かされる。
これは古今東西、どこにでもある話だ。

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