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<ミャンマーで今、何が?> Vol.358
2020.04.30

http://www.fis-net.co.jp/Myanmar

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━━【主な目次】━━━━━━━━━━━


■話がヤンゴンに収まらない!?

 ・01: モンスーン入りと判断するのは早計

 ・02: ロックダウンからの現場中継

 ・03: 海賊版DVDのIMAGINEはお勧め!

 ・04: ガラ系から4G、そして5Gへ!

 ・05: 珈琲でも啜りながら歴史話でも!

 ・06: 今のアメリカと中国を読み解く、エッヘン!

 ・公式ツイッター(@magmyanmar1)

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・01:モンスーン入りと判断するのは早計

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4月26日(日)は午後3時15分から、翌27日(月)はちょうどお昼の12時00分
から、更に28日(火)には昼前の午前11時00分から、急に辺りが暗くなり天
からの贈り物、最初の一滴がトタン屋根を叩いた。遠くで雷が聞こえ稲妻が
光ったかと思うと、あっという間に土砂降りの雨が一帯を叩きつける。そし
てビルを揺るがす落雷が町内の彼方此方で起こる。熱帯地方では最初の一滴
から数分ではなく、数秒後に土砂降りの雨となる。

アナタが長谷川一夫のような色男でも、「あらっ、月さま雨が!」と気取っ
ていたらヤンゴンではずぶ濡れだ。鼻緒が心細いスリッパだろうが、50メー
トルダッシュの要領で走り出すのがヤンゴンの月形半平太である。

これが季節の変わり目の徴である。ヤンゴンで観察した今シーズン初の一滴
から3日間連続して暗雲・突風・落雷・土砂降りを経験した。土砂降りは約
40分間続き町内は一様に停電となった。土砂降りと停電がどうして連結する
のか不思議なところが、ヤンゴン方式である。これがモンスーン雨季の始ま
りと判断するのは軽率だが、驟雨は必ず西から東に移動していく。いまのと
ころ一日一回のにわか雨だが、モンスーン本番となると、一日数回この土砂
降りに出くわす。

小一時間ほどで雨があがり、眩しいほどの太陽が戻ってくる。誇りっぽい町
並みが洗われ、空を見上げると、空気が澄み、オモシロい形の雲が幾つも浮
かび、特に夕暮れまでの時間帯は素人でも見栄えのよい写真が撮れる。まだ
三日間だけなので、モンスーン雨季突入とは断定できない。通常はスーパー
ホッテストの5月が一ヶ月続く。

そして6-7-8-9月と4ヶ月間、モンスーン雨季が続く。
日本ではアジサイを愛でる6月の一ヶ月間がモンスーン雨季だが、事前調査も
せず無謀なインパール作戦に突入した牟田口廉也中将の想定外の宿敵は、四
ヶ月間も続くこのモンスーン雨季であった。

頼まれてミャンマーに関する記事を初めて寄稿したのが、「マンガと図解8
0分でわかるCLMB カンボジア・ラオス・ミャンマー・バングラデッシュ」
(ATパブリケーション偏著)であった。初版が2012年10月31日となっている
から、もうひと昔の話しだ。

そこで案内したのは、10月から1月の4ヶ月間がミャンマーを訪れる快適な季
節と紹介されるが、この猛暑と雨季を含めた3季というサイクルを最低一年
間経験してビジネスを検討したらいかがですか?と書いた。その考えは今も
変わっていない。

だが牟田口廉也同様のビジネスマンが21世紀のいまもいる。日本の出先機関
からブリーフィングを聴取し、日本人同士の情報交換でミャンマーが分かっ
たつもりになる。地元実情を骨の髄まで熟知した現地スタッフを軽視し、自
分の足で、自分の目で、自分の耳で調べようとしない。そして和式居酒屋の
冷たいビールで乾杯だ。

フィールドワークが必要なのはAnthropology(文化人類学)だけではない。
コロンビア大学のルース・ベネディクトは、戦時中だったからこそ日本に足
を踏み入れることが出来なかった。そこで「菊と刀」を書き上げた。アンソ
ロポロジーの学者がフィールドワークをしないで書き上げた特例である。

その戦時中に、鈴木敬司大佐は唯ひとり当時のビルマに潜入し、たった半年
間でビルマの現状を調べつくした。エクセルもスマホも無い時代である。彼
の成し遂げた手法こそ、フィールドワークのお手本である。その手法こそ、
現代ビジネスに適用すべきと私は信じる。
それゆえに、日本は老獪なイギリス人、その後裔であるアメリカ人、そして
中国人に出し抜かれぱなしである。

話を元に戻そう。
今シーズン初のひと雨現象は三日間続いた。そして四日目の昨日29日。メル
マガ原稿の筆を停め、今か今かと待機した。空が暗くなる、だが雨一滴どこ
ろか遠雷も聞こえてこなかった。気がつくと暗雲は遠ざかり、西の空にはあ
かね雲が眩しく輝いている。これが昨29日のメルマガを休んだ理由である。

老獪なのは英国だけではない。このミャンマーもインドも大英帝国の過酷な
監督の下、老獪さというものを骨の髄まで叩き込まれてきた。だから三日連
続してひと雨来たと言って、モンスーン入りと判断するのは、牟田口廉也同
様に軽率な日本人である。自戒をこめて!



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・02:ロックダウンからの現場中継

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ヤンゴンで10の町区が閉鎖された。弊研究所の町区もロックダウンだ。その
実情を探るためにメルマガ出稿後初めて近所の朝市まで出かけた。昨28日
(火)のことである。メルマガ原稿の出稿後、慌てて自宅を出たのは午前9時
30分だった。外出許可は午前8時から10時までの2時間。手持ち時間は30分し
かない。

裏通りからマーチャント大通りに向かった。Cordon Tape(黒・黄色の警戒線)
が張られ、折りたたみ椅子に座った自警団のひとりから誰何を受けた。予想
した通り、警邏はかなり厳重だ。黒い野球帽を目深に被り青色マスクで完全
武装してきてよかった。空気を読めない外国人が常に問題を起こす。それだ
けは避けねばならない。

念のために「英語は分かるか?」と逆質問した。予想通りまったく理解でき
ない。「俺は日本人だ」とゆっくり語り、すぐそこのボーガレー朝市に行き、
10分で戻ってくると、オーバーなジェスチャーで告げた。非常に微妙だが、
中国人、韓国人、そして日本人では対応がまったく違う。こういうときこそ
日本ブランドは有効だ。その空気を読むコツは微妙だ。

こわっぱ役人もそうだが、ミャンマーでは外国人との接触を怖れる。骨の髄
までそう仕込まれてきた。騒ぎが大きくなり下手に上司に詰問されると、落
ち度の責任を取らされる。だから彼らにとって最善の策は、見てみぬフリを
することだ。

フィールドワークでこの手法は学べる。自警担当が戸惑っている瞬間に片手
を挙げCordon Tapeをすり抜けた。総理大臣が遠巻きにした記者団に行うポー
ズである。このとき肝心なのは目線を外すことだ。敵も一瞬緊張が解ける。
ホッとした自警担当のタメ息が背中で聞こえたような気がする。

今回分かったことは、ナンバーストリートと呼ばれる路地はすべてロープが
張られ、町の自警団が二・三人、折りたたみ椅子に座っていた。ロープが間
に合わないところは長い竹の棒で、遮断機を作ったり、バツ印にして工夫し
ている。

その路地の住民なら、自警団は全員顔見知りだ。オッご苦労さんと声を掛け
ロープをかい潜ることが出来る。リスキーなのはよそ者の外国人である。言
葉が通じないから、自警団が二人三人と集まってくる。雪だるま式だ。

この国でサバイバル・ゲームを生き抜くにはLow Profileに徹することである。
どんな場合でも目立たないことが一番である。出るところに出ようじゃない
かと息巻いて、新聞沙汰になった日本人を新聞で見たことがある。弊研究所
からさほど遠くないオーキッドホテルだった。

このケースもパスポートを採り上げられ身柄を拘束された。本人の希望通り
裁判に掛けられる。当然弁護士を用意しなければならない。弁護士だけでな
く、法廷でも、通訳は必要だ。弁護士費用、通訳費用はご本人の負担である。
弁護士は自分が雇うのだから、自分の味方と誤解される方がいるが、彼らは
自分の商売としてすべての法廷戦術を立てる。

三ヶ月、長くても半年と本人は腹を決める。それは本人の勝手。すべては弁
護士の法廷戦術でモノゴトは動く。裁判官の一人と自分の妻が大学で親しく、
金額次第でウラ取引も出来るなど、彼らは実に有用で実に雄弁だ。さすがに
弁護士である。金満国のお客は弁護士にとって逃してはならない上得意だ。
気がつくと半年はとっくに過ぎてしまった。

上得意からかなりの金額を吸い上げたアト、和解に持ち込む手もありますヨ、
と新たなメニューも用意してくれる。老獪さを学校で学ばなかったこの日本
人は、このころになると、金銭だけでなく、自分自身の個人情報まですっか
り吸い取られている。ご丁寧にご本人のランク付けまでしてくれる。このお
客は十万円単位、ひょっとして数百万円単位、うまくいったら一千万単位と。


金満国のご本人は田舎の弁護士と侮っているが、彼らの実力はS&P(スタンダー
ド・アンド・プアーズ)のエリート分析官以上である。そしてアナタの格付
けがAAAから最低のXYZに落ち込んだところで、それなりの方法で開放してく
れる。このころになって初めてフィールドワークの重要性を理解するが、あ
まりにも高額なレッスンである。


イケナイ、イケナイ、本日はわき道への侵入は禁止だ。話を元に戻そう。
驚いたことに今朝は、モーニング・マーケットは完全にシャットダウンされ、
厳重にブロックされている。町会の寄り合いよろしく、椅子だけでなくテー
ブルまで持ち出し、ざっと七・八人の男たちがジロッと舐めまわし、手でア
ッチに行けと追い払った。触らぬ神にたたりなしだ。

一回りして分かったことは、東西に走るストランド通り、マーチャント通り、
マハバンドゥーラ通り、南北に走るパンソダン通り、ボーアウンチョウ通り、
テインビュー通りなどの両面通行の大通りは歩行者も車両も通行できる。だ
がその他の路地はすべて入口・出口ともに自警団が警護し検問を設けている
と言うことであった。
雨後の竹の子のように出来たコンビニは利用可能であった。

以上で中継を終了。



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・03:海賊版DVDのIMAGINEはお勧め!

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トウショウヘイのトウは、漢字で「登」に「オオザト」の旁を添える。私の
パソコンではその漢字が使えず前回は「?小平」となってしまった。お詫び
して訂正します。

「ジョン・レノンを探して」は私の青春時代なので、当時粋がった若者が好
んだジタンの煙草などすべてが懐かしい。リンダ・ロンシュタットは当時カ
ントリー主体の人気歌手で、記憶に間違いなければ、アウンサンスーチーも
大好きな歌手として、スーチー関連の何かで読んだ。

ジョン・レノンは1980年12月8日、自宅のあったNYセントラルパークに面した
ダコタハウス前で狂信的ファンのマーク・チャップマンに撃たれた。5発のう
ち、4発がレノンに命中し、搬送されたルーズベルト病院で23時過ぎに絶命し
た。

逮捕されたチャップマンのポケットに入っていたのが、若者に人気だったサ
リンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」である。あれから30年近くになる。
このチャップマンは賛否両論、複雑な理由もあり現在も服役中らしい。

私はアメリカの東部には行ったことがない。それだけにニューヨークは特別
の憧れの街である。ヤンゴンでひと儲けしてNYには一度行ってみたいと思う
ようになった。アル・カポネ、シナトラ、アルパチーノなどの写真がベタベ
タ貼られたイタリアン・レストランで本場モノのイタ飯を食ってから、あの
世に旅立っても遅くない。

今回のコロナウィルス騒動で、マンハッタン、タイムズスクエアの写真・動
画を連日目にする。足を一歩も踏み入れたことが無いのみ、なぜだか懐かし
い。病気ともいえるコレクションで、“ニューヨーク”がタイトルに入った
書籍は片っ端から買い込んだ。そしてヤンゴンに持ち込んだ。筑紫哲也、ピー
ト・ハミル、有吉正一郎、常盤新平などなど軽く10冊は越える。

だからマンハッタン、セントラルパーク、ダコタハウス、コロンビア大学な
どは何度も訪ねた。ブルックリン橋も何度か渡った。もちろん書籍の上であ
る。それに追加してDVDや映画で横丁に入り、フェリーでエリス島やリバティ
島に渡ったこともある。こうやって現実かバーチャルか混濁していく。
YouTubeでクリックすれば、粋なジャズバーも、トレンディなブラックミュー
ジックも3密できる。

この手法を私はミャンマーの若者たちに伝えればと思っている。
カネがなくてもよい。いまは安い手段で世界一周することも出来る。現実に
ではなく、バーチャルでだ。パソコンオタクのスティーブ・ジョッブやビル・
ゲーツのお陰だ。情報が迅速に、安く手に出来る時代に入った。それを利用
しない手はない。

私が日本語ではなく英語を薦めると、愛国精神タップリの日本人から馬鹿に
される。そしてけなされる。今の時代の情報量からすると、英語の方が日本
語より何十倍・何百倍、否何千倍・何万倍と質と量で勝る。日本の政治家を
見れば、その差は歴然だ。確かにトランプやボリス・ジョンソンを見れば大
差ないと言うかもしれない。それでも情報の質と量では、間違いなく、彼ら
のほうが勝っている。

だからミャンマーの若者には、先ずは英語、そして世界にチャレンジしろ、
君たちの世代ならそれは出来るとけし掛けている。



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・04:ガラ系から4G、そして5Gへ!

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元シドニー駐在員だった昔の同僚からLineが入った。
返事を書くのが面倒なので、豪州関連の思い出話に切り替えたい。
私がオーストラリアのパース(西豪州)に出張したのは、小規模な海運会社
に移った1990年代の前半だったかな?と記憶はおぼろげだ。

フリーマントルだったか無数のクルーザーが停泊するヨットハーバーの片隅
に、ウォークボードが海面に張り出した洒落たレストランがあった。そこに
オーストラリア人の若いシッピングブローカーが招待してくれた。ランチに
は少し早かったが、そこでシーフード、ビール、カクテルを堪能した。殺伐
とした東京のビジネスマンに比べてオージー(Aussie=オーストラリア人)
はビジネスと生活を同時にエンジョイしている。痛感した。

そのとき卓上に置いた機械がブルブルと震えてツルルッと鳴った。シドニー
からの電話だった。
周りがビックリするほどの大声でそのオージーが笑い始めた。

「彼はボクの目の前にいる。なんだキミは仕事中かい? パースは今日も快
晴だ。混雑する前に例のウォークボードで一杯飲りはじめたところだ!」と
会話がはじまった。私がケータイという怪物を知った初めての経験だった。

その怪物を耳に当てシドニーのシッピングブローカーと、私も話をした。
日本人がオーストラリアに出張という話をどこかで仕入れたらしい。シドニー
の仕事仲間に聞きまくった。だが誰も知らない。メルボルンも知らなかった。
ひょっとしてと西豪州のパースに電話した。それが大ビンゴだった、と当人
の私に説明してくれた。

それ以来、この怪物には畏怖の念を持った。だが足で努力もせず、ドアもノ
ックせず、土足で他人を訪ねる手法は失礼と決めつけ、ケータイは長いこと
所有しなかった。それがパソコンも苦手とするガラパゴスを作り上げてしまっ
た。

その苦い経験があるからこそ逆にミャンマーの若者たちには、スマホは徹底
的に使いこなせと叱咤している。時代も変わった。激変、変化が、若者の特
権だ。私はその特権を行使しなかった。いまミャンマーの若者に手を取られ、
その特権というものに恐る恐るチャレンジしようと思っている。



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・05:珈琲でも啜りながら歴史話でも!

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STAY-AT-HOMEで読者の皆さんも時間がありそうだ。
話をさらに横道に逸らしたい。

ブローカーと聞けば日本では胡散臭いイメージがある。
だがシッピングブローカーと言えば実は由緒ある職業である。
舞台を大英帝国のロンドンに移したい。ロンドンでコーヒー・ハウスを知ら
なければ、アナタはもぐりである。

タワー通りで、船乗りや旅行者相手のコーヒー・ハウスを営んでいたエドワー
ド・ロイドは1688年頃、店をロンバード通りに移した後、顧客サービスの一
環として『ロイズ・ニューズ』を刊行した(1696年)。後に『ロイズ・ニュー
ズ』は『ロイズ・リスト』となった。

この『ロイズ・リスト』は海運関係必携のバイブルで百科辞典の部厚さであ
る。今では何冊まで増大されているのか私は知らない。全世界で建造された
船舶がすべて網羅されている。一般のマスゴミはしらないが、“Diamond
Princess”とアルファベット順に追っていけば本籍港をはじめ本船の明細が
すべて分かるはずだ。

老獪な英国は世界の情報を一手に集めた。ロイズはより正確な情報を売り物
に、世界最大の保険会社に成長する礎を築いた。

この詳細は臼井隆一郎著「コーヒーが廻り 世界史が廻る」(中公新書)に
書いてある。
この本も私の尊敬する師匠の奥方から、このヤンゴンで恵贈され、私の貴重
なコレクションとなっている。お元気ですか?ご無沙汰です。チベットまた
はネパールへのご予定がコロナ禍で日本におられると風の便りに伺いました。


話を戻す。
江戸の男たちがちょん髷に、女性はお歯黒の手入れに忙しかったあの時代に、
ロンドンでは“情報”が大金を稼ぎ出す金の卵だと、すでに識っていた。
経済大国だと威張る同胞もおられるが、その歴史的蓄積の差は石造りの教会
と障子紙の差ほどあるような気がする。



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・06:今のアメリカと中国を読み解く、エッヘン!

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その大英帝国からのボートピープルでRefugee(避難民or亡命者)でもある、
現代のアメリカ人こそその末裔である。

“情報”の重要さにやっと気付いた若きアメリカ人が、アメ車を駐車させる
自宅のガレージでパソコンというオモチャをつくり上げた。日本では産学協
同を嫌ったが、アメリカでは国防軍と大学がネットワークを築いた。そして
今日のGAFA帝国が出来上がった。すなわちグーグル、アマゾン、フェースブ
ック、アップルというマルチ国籍の巨大企業が出現した。

ドル札の輪転機をフル回転させて巨大なスーパー大国を目指していたが、財
布の中身をチェックしたらどうもオカシイ。それに気付いたのがドナルド・
トランプである。GAFAの技術が無断盗用されている。ふざけた名前の会社テ
ンセント、アリババ、百度、シャオミ、HUAWEIなどがGAFAを凌ごうとしてい
る。トランプの口がひん曲がり、髪の毛が乱れる。

その最中に武漢ウィルスが発生した。
海外の数少ない友人であった金正恩もかなりヤバイ状態だ。国内では足元の
クオモNY知事から嫌味バカリだ。やはり頼れるのはマスクの似合う、日いず
る国の総理大臣だけか?年末の大統領選も作戦を練り直さねばならない。

これらは「ヤンゴンで今、何が?」とは何ら関係ない。
話を少し戻そう。

このメルマガでは大英帝国が老獪だと書いた、だがその老獪さにおいてはウ
ン千年の歴史の中国も侮ってはいけないということである。このメルマガで
はシツコイくらいに中国製海賊版DVDと書いた。ヤンゴンのとあるDVDショッ
プに行くとハリウッド映画、BBC製作のテレビ番組、世界でも著名なノーベル
賞を獲得した教授の大学講座、大学の卒業式典での著名人のスピーチが、ほ
ぼすべてと言っていいくらい揃っている。

繰り返すがこれらはすべて中国製コピー製品である。
中国は言論統制国家である。海外からのDVDを巧妙にコピーし、中国語の字幕
をつけて(それも簡体字と繁体字の二種類で、日本語字幕は巧妙に消してあ
る)販売するためには、中国本国の検閲をパスせねばならない。

裏返すと森羅万象をカバーした海賊版DVDすべてを中国当局は干渉していると
いうことである。

この中にはモロトフカクテル(火炎瓶)、テロ事件の細菌兵器、アメリカ最
先端の軍事技術に直結する航空母艦、戦闘機、人工衛星、ドローン、ナノレ
ベルでの医療技術、薬品製造などを含んでいる。

今日本のYouTubeで話題になっていることが、プロフェッショナルな態度で情
報収集しようとすれば、この海賊版DVDでかなり専門的なレベルまで深めるこ
とが出来る。

だからこそ、これをヤンゴンの若者に大型スクリーンで見せ、研鑽を積めば、
一年もかからずにバカ息子とバカ娘にならないで済むと考えている。

この瞬間、世界中で同時進行している異常緊急事態こそ、天の恵みで、カネ
のない貧しい若者たちにとってはチャンスである。
ついでにビジネスクラスでヤンゴン⇔ニューヨーク往復のチケット代ぐらい
稼ぎ出したい。

もうひとつオマケの話をすると:
HUAWEIのミャンマー攻略指令本部は、今話題のミャンマー・プラザにあるが、
そこに引っ越す前、HUAWEIがミャンマーに上陸した最初の最初は、東西南北
研究所が居候する粗末なビルの、すぐ隣のガラス張りのビル全館が何を隠そ
うHUAWEIの司令塔であった。その当時の所長はHUAWEIがナニモノかは知らな
かった。これは内緒にしているが、ガラ系所長の自慢話のひとつである。


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